Pollyanna

適当に書き連ねたものをまとめて置く場所

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頬の熱さは夏の所為


ひたひた
ひたひた

静かな廊下に奇妙な音がこだまする。
リノリウムの床は音をよく反響させる。

ひたひた
ひたひた

規則正しく鳴り響くその音は迷うことなくまっすぐ進む。
自分の行くべき場所を把握しているかのように。

間違いない。
これは足音だ。

どこに向かっているか?
そんなことはわかりきっている。
僕のいるこの部屋だ。

どうして、どうしてこんなことになっているのだろう。







ミーンミーンミーンと、
うるさいほどに蝉が鳴いている。
僕はこの季節があまり好きではない。
そもそもが何もしていないのに汗をかくというのが大嫌いなのだ。


久々に叔母の家……母の実家とも言うが、がある土地へとやってきた。
やはりここはとんでもない田舎だ。
電車も一時間に一本通っていればいいほうで、バスも言わずもがなである。

しかし、やはり田舎なだけあって自然は素晴らしい。
素晴らしいがため、ここまで蝉の大合唱が耳をつくのではあろうが。


「あぁ、暑い……」

「おいおい、今更それを言うなよ野々山。こっちまで暑くなってくるだろ」

「口に出そうが、出すまいが暑いのは変わらんだろ……」

「いーや違うね。意識するだけで倍は変わるね」

「この議論してるほうが暑くなるわ」

「そうだな……」


僕は友人である、長谷川と叔母の家まで向かっていた。
事の経緯はこうだ。


『はい、もしもし』

『あら?透くん?久しぶりねえ、元気にしてた?』

『ああ、叔母さん。お久しぶりです。僕は元気でしたよ』

『そう、それはよかったわ。それで透くんに用事なんだけど……』

『僕にですか?』

『ええ、今年の夏、姉さんとお義兄さんが……えーっと透くんの両親が一か月ほど出張なのは聞いてるわよね?』

『はい、もちろん。なんでも海外の災害支援に行かなきゃならないとか』

『ええ、そうよ。それでね、その間は透くんは家に一人でいることになるでしょうし、寂しいでしょうから
 よかったらうちに来ないかしら?』

『え?叔母さんのうちにですか?僕は大丈夫ですけど……』

『じゃあ決まりね!夏休みに入ったらすぐうちにいらっしゃい』

『ええ!?そんな急に……』

『それじゃ待ってるわねー』

『あのっ!』

『ツーツーツー』


とまあそんな経緯があったのだ。
そしてそのことを同じゼミの親友である長谷川に話すと、

『俺も連れてけ!』

と言ったのでそのことを叔母に話すと

『その長谷川って子は女の子じゃないでしょうね!?……あら、なんだ男の子なの。ならいいわよ』

とあっさり長谷川の同行が決まったのだ。


おかしい。
何かがおかしい。
ていうか電話でわざわざ長谷川が女ではないと確認してきたのはなんだったのだろうか。

拭いきれない不安感。
止めきれない汗。

汗の不快感から脱するためには叔母の家へ行かなければならないというジレンマ。

この暑さに抗いきれるわけもなく、ただただ叔母の家へと歩を進める僕と長谷川だった。


バス停から5㎞ほど、そう徒歩で一時間ほど歩いてようやく叔母の家、もとい母の実家に着いた。

『バス降りたら連絡頂戴。車で迎えに行くから~』

なんて叔母が言っていたが結局電話にも出ずじまいである。

長谷川と待とうかどうか数分ほど話し込んだが、
結局暑さに耐えきれないと判断し、
徒歩で向かうことにしたのだ。

おかげで頭から足先まで滝にうたれたかのように汗でぐっしょりだ。
ああ、早くシャワー浴びたい……。
そんな思いを抱えつつ、僕は呼び鈴をならした。


「はーい」と家の中から聞こえる女性の声、しかし叔母の声ではない。
はて?他に誰かいただろうかと思案してみると一人思い当たる。
従姉妹の冬華だ。確か僕より六つほど年下だったように思う。
以前あった時は彼女はまだ小学校三年生ぐらいだったと記憶している。
記憶の中の彼女からするとさぞかし大きくなったのだろうなあなんて考えていると、玄関が開いた。


…………。
なんていうか想像以上だった。
でかい、でかすぎるぞ。
いや、別に身長はそうでもないおそらく150㎝もないだろう。
むしろ小さい方だと言えるのかもしれない。
問題はそこではない。
エベレスト級の何かが胸部についているのだ。

いやそれ絶対男に揉ませてるだろ?そうじゃないとそんなに大きくなるわけないだろ?
そんなことを思ってしまうぐらいの凶器である。

僕の親友だった長谷川なんてずっと視線が彼女の胸に集中している。
いや僕もそうかもしれない。
だが彼女は僕の従姉妹である以上、長谷川てめえとは絶交だ。絶対に許さんぞ。


「あの……もしかしてにぃに?」

「あ、うん」


昔と変わらぬ呼び方である、昔も彼女はにぃに、にぃにと僕の後ろをついて回っていたように思う。
今思えば他の人もいっぱいいたはずなのに何故か彼女に懐かれていた。


「うわーーー!今日だったんだ!久しぶりー!」


そんなことを言いながら彼女は僕に抱き着いてくる。
やめなさい。その凶器を押し付けるのをやめなさい。
一応僕も純潔を守ってきた身の上。そんな凶器に抗えるわけがない。
今すぐ離れなさい。

おいてめえ長谷川、何こっちをにらんでやがるぶっ殺すぞ。


「と、冬華ちゃん。よかったら放してくれると助かるんだけど……」


そういうとばばっという効果音が出そうなほど俊敏に彼女は僕から離れて姿勢を正した。
ようやく興奮も落ち着いてきたようだ。
長谷川の殺意は収まらない。


「ご、ごめんねにぃに。久しぶりに会えてちょっとテンションあがっちゃった」

「いいや、構わないよ。こっちもちょっと驚いちゃったぐらいだから」


主に胸の大きさについてだが。
ありがとうございます!ありがとうございます!当分オカズには困りません!
そんなことを心の中で思いつつ、つとめて冷静に僕は彼女に話しかける。


「それで、今日僕らが来るのは叔母さんから聞いてなかったのかい?」

「うん、にぃにが来るとはお母さん言ってたけど今日とは言ってなかったよ」


しまった。日にちを間違えたか?
いやでも昨日確認したはずだが……。

叔母さん勘違いしてたのだろうか?


「そうか……じゃあ部屋とかも準備できてないかな……」

「そんなことないよ。今は使ってない診療所の個室を二部屋使ってくれれば良いってさ」

「あ、そうなんだ。でもなんで二部屋も?」

「なんかお母さんが『若い男の子二人だし何かと個室が入用だろうしね。うふふふふ』って言ってたよ。
 何かあるの?」


あの妖怪女狐め。なんてことを自分の娘に吹き込んでやがる。

そんなことを言えるはずもなく、「あはは。な、なんだろうねぇ」と茶を濁す。


冬華ちゃんに連れられて僕らは自分たちの部屋へと案内された後、彼女は自室へと戻っていった。
その後、長谷川のボディブローを皮切りに、男たちの醜い争いが展開されたことは言うまでもないだろう。
そして様子を見に来た冬華ちゃんが泣きそうな顔で仲裁に入ったのはまた別のお話である。

夕方になり、自宅のほうへとやってきた叔母さんからは謝罪を受けた。
なんでも電話に気づかなかったとのこと。
そんなに診療所のほうが忙しかったのかーと一人納得していたら、
冬華ちゃんが耳打ちをしてきて、
『診療所は暇だったけどお父さんといちゃついてて気づかなかっただけだよアレ』
と教えてくれた。

やはりクソババアだ。歳を考えて行動しろ。
などと考えていたら突如背筋に悪寒が走ったのでそれ以上は考えないことにした。

長谷川はというと叔母さんに見惚れていた。
いや確かに、叔母さんは年の割には綺麗だと思う。
だが、一児の親であり、何よりも人妻だ。
こいつはわかっているんだろうか。

とりあえず面倒には首を突っ込みたくないので長谷川のことは放置しておくことに決めた。

叔父叔母に一通りの挨拶を済ませ、晩御飯のカレーを頂く。
うまい。なんでもとれたて野菜を使った夏野菜カレーだそうだ。
この汗をかくぐらいの辛さが何よりもたまらない。

僕も長谷川も遠慮など知らずに何杯もおかわりしていた。

食べた食べたと満腹になった腹をさすっていたら、叔母さんがこっそりと話しかけてくる。


「今日の晩御飯、実は冬華が作ったのよ。あの子、結構料理上手でしょ」

「そうだったんですか?結構どころかかなり上手だと思いますけどね。美味しかったですし」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。どう?あんな子を嫁にほしくない?」


何言ってるのだこの女狐は。
もしや今回の申し出それが目的だったのではあるまいな。
などと一瞬のうちに考えていると、


「よよよ嫁だなんて!何言ってるのよお母さん!」


と烈火のごとく顔を赤く染めた冬華ちゃんが話に割り込んできた。


「あら~?冬華もその気なんじゃなかったのかしら~?」


などとニヤニヤと叔母さんが囃し立てる。


「そ、そういうんじゃ……ゴニョゴニョ……もうしらない!」


そう言って冬華ちゃんは皿を投げだし、自室へと戻っていった。
長谷川からは殺意の視線を向けられている。やはりこいつは殺すべきだ。

(続く)

食べちゃいたいほど大好きなのだから



「あら、お元気だったのかしら?」

「ああ、どうも……僕はそれなりにですよ。……陽子さん」

「そう、それは良かったわ。あなたを他の誰かに盗られたくありませんもの」

「僕はあなたの物ではないのですがね……」

「じゃあ私の物になってしまえばいいわ」

「ご冗談を。僕なぞつまらない者に目をかけるものではありませんよ」

「そんなことないわ。私はあなたのことが好きなのだもの」


運命のいたずらと言うべきか、はたまた星の巡り会わせとも言うべきか、
僕はこの女性と関わってしまったということに今更ながら何者かの意図を感じてしまうことがある。
もちろんそんなものは僕の勘違いなのではあろうが、
この出会いを多少なりとも呪わしく思ってしまうのも致し方のないことではないのかと言い訳をしたいのである。

あれは数年前のことだった。


――――――――――――――――――――


油断した。
まさか僕が轢き逃げされるとは……。
人間に化けてたし轢いていったやつも慌てて逃げてたな……。
ははっ、今頃人を殺したんだとびびってるのかな。

ああ、だめだ。変化も解けてしまった。
幸い足が折れてる程度だけど痛みで動けそうにもないな……。
どうしたもんだか。
このままここにいたのでは次来る車にまた轢かれてしまうかもしれないな。
そうなれば流石に助かることは……。

クソ、こんなんだったら白面ちゃんに告白しとくんだった……な。


「あらあら、可哀そうに。うちに連れて帰って手当してあげるわ」


突然聞こえる、謎の女性の声。
しかし、その声の元を確認する前に僕は意識を手放した。





気づくと僕はどこかの診療所らしきところにいた。
怪我をした足は既に手当されていた。
ここはどこだろうと辺りを見回していたら後ろから声をかけられた。
それは先ほど意識を失う直前に聞いたあの声だった。


「あら、気づいたのね」


彼女はそう呟くと普段使っているだろう自分のデスクに腰を掛けた。

ああ、たぶん彼女が助けてくれたのだろう。
感謝をしたいところだが、流石に喋ったら化け狐だと怖がられてしまうだろうし、
このまま親切に甘えるとしよう。


「あら?命の恩人に感謝の言葉もなしかしら?」


彼女は何を言っているんだ?
ただの狐がどうして人の言葉がわかると思っているのだろう。
しかし、確かにこのまま何も喋らず、というわけにもいくまいか……。


「コン」

「あらあらまあまあ、可愛らしい。なんて可愛らしいのでしょう。
 でもね、私が期待しているのはそんなことじゃないの」


これ以上僕にどうしろというのだ。


「人間の姿にもなれるのだからきっとお話できるはずでしょう?」


その瞬間、ぞくっと背筋が震えた。
こちらにむかってニコリと微笑む彼女にとても寒いものを感じたのだ。

覚悟を決めるしかなさそうだ。


「……どうしてそのことを?」

「あら、やっぱり話せるのね。どうしてってそりゃもちろんあなたが轢かれるところを見ていたからよ」


とんだ失態だ。
事故に遭うどころか変化が解ける瞬間まで見られていたとは。


「どうして僕を助けたのです?」

「私は獣医だからよ。ここは私の病院なの」

「でも見捨てることだって出来たはずでしょう?」

「そうね。でもこんなに面白そうなものをみすみす見逃す手はないわ」

「……そうですか」

「私、烏島陽子というの」

「はあ……」

「女性に先に名乗らせておいてあなたは名乗らないのかしら?」

「そちらが勝手に名乗ったのではありませんか……。山城総次郎です」

「やっぱり化け狐にも名前はあるのね」

「化け狐って……これでも僕はれっきとした妖狐で……」

「あらそうなの。あなたも『ようこ』。私も『ようこ』。面白い偶然ね。うふふ」


厄介だ。
本当に厄介な人に捕まってしまった。
本当ならば今すぐ逃げ出したいところだが、この足では無理だろう……。


「私ね。小さいころからずっと動物と話してみたいと思ってたの。
 でも大きくなるにつれ話すのは無理ってわかったから、
 せめて動物たちの気持ちがわかるようになりたいと思って獣医を目指したの」

「そうですか……」

「でもやっぱりわからないことだらけ。
 結局理想は理想でしかないと思っていたらあなたに出会えたのよ」

「…………」

「人語を解する動物が実際にいるとは思わなかったわ」

「……妖怪ですけどね」

「そうね。でも、いいわ。だってこんなに嬉しいんだもの!」


一瞬見せた子供のような眩しい笑顔に少しドキりとしてしまった。
それはずっと心の奥に押しこめていた『純真さ』とでもいえばいいのだろうか、
そういうものを彼女に垣間見ることができたからだろうと今では思う。

結局僕の足が治るまで色々なことを質問された。
とても、とても多くのことを彼女は尋ねてきたのだ。
……答えられないことのほうが多かったのではあるが。

この時、多少なりとも彼女に心を開いてしまったことを今でも僕は後悔している。


――――――――――――――――――――


それ以来、たまに彼女と街で出くわすたびにちょっかいをかけられるようになってしまった。
買い物に付き合えだの、しつこい男がいるからそれを振る手助けをしろだの、
いつもいつも『正体をばらされてもいいのかしら?』との脅し付きで付き合わされたのだ。





「あなたはいつまで経っても私の物になってくれないのね」

「僕には心に決めた人がいますから」

「あら、妬けちゃう。じゃあいっそのこと狐鍋にでもして私の血肉にしてあげるわ」

「それはご勘弁を。これでも一応神使の系譜なもんでして」

「あらそう、残念ね。これでも私はあなたのことを好いているのよ?」

「飽きませんね。その冗談」

「あら、冗談じゃないわよ?私はあなたのことが食べちゃいたいほど大好きなのだから」


ヒヤリと冷たい彼女の笑顔。
何度見ても見慣れない。
そのうち本当に僕が食べられてしまうんじゃないかと思ってしまう。


「あまり人を、いや『妖狐』をからかうもんじゃありませんよ。陽子さん」

「ふふ、そうね。……そうよね」




そう、僕らはあくまで違う世界を生きるもの。
だからこそ、この出会いを呪わしく思うのだろうと僕は思う。

この気持ちはきっと恋などではないのだから。

流行ものには敏感なのです




我ら妖狐族の多くは京都の地を安住の地として定めている。
京都という街では古くからのものが多く残っており、
服装もそれに合わせてか着物であったり甚平であるような人も他に比べれば多くいると言えるだろう。
だからこそ未だに変化する姿は甚平姿だったり着物姿だったりする者も少なくない。

とは言え、平成の世となった現在、
妖狐が皆、着物姿になろうものなら街には着物の人物が異様に増えるというものだ。

つまり何が言いたいかというと、妖狐もファッションには多少敏感なのである。


僕ら妖狐は服を買わない。
ならば服はどうしているのか。
人間に化けるときに色々変えているのだ。

とはいえ見たこともないものに化けるというのはとても難しい。
それが甚平や着物など想像しやすい服に化ける狐が多い一因でもある。
じゃあ普通の姿をしている狐はどうしているのかと言うと……

ウィンドウショッピングをしているのである。


「あー寒い寒い……」


冬も真っ盛りというこの時期、僕は白面ちゃんに街に行くからついて来いと連れ出されてしまった。
何もこんな時期に新しい服を見繕いに行かなくても……とぶちぶち愚痴ってたら、

『たまには人の役に立つことをしなさい!』

と怒られてしまった。
白面ちゃんは人じゃなくて狐じゃないか……、
とも思ったのだがこれ以上余計なことを言うと後が怖いので黙っておくことにしたのだ。


「お待たせ」

「お待たせってなあ……この寒空の中で長いこと待たされたら風邪をひいてしまうってもんだよ」

「なによう。いいじゃないか三十分ぐらい!女の子は色々準備が必要なんだよ!」

「女の子って……そもそも僕らは――、いやなんでもない」


寒さに耐えながらも待っていた僕に何のねぎらいもなく出てきた彼女に文句の一つでも言ってやろうと、
マフラーに埋めていた顔を上げ、振り向いたときに僕は言葉を紡ぐのを忘れてしまった。

恐らく自惚れでもなんでもなく、彼女が僕と一緒に出掛けるために考えたのであろう服装が、
とても似合っていて、見惚れてしまったのだ。

普段は恥ずかしがってあまり履くことのないスカートまで履いている。
黒のタイツを履いてはいるが寒いだろうに……。

でも眼福なのでとりあえず目に焼き付けておいたというのは言うまでもないことであろう。


「? 変なの。まあいいよ。さーて、今日はとことん付き合ってもらうよ!」

「はいはい……どこへなりともお供しますよ。お嬢様」

「それじゃあまずは――」


順番に白面ちゃんがお気に入りの店を回っていく。
僕はあくまで付き添いだ。でしゃばることはしない。
彼女が楽しそうに語る様々なことに耳を傾けているだけで十分なのだ。


「――それで、その時……ねえ、ちゃんと私の話を聞いてるの?」

「ああ、もちろん聞いているとも。それですっころんだ狸がどうしたって?」

「えっと、そのあと恥ずかしかったのか周りをキョロキョロ見回した時に追っ手に気付いたらしくて、
 慌てて狸の置物に化けてたんだよ。あはは。おかしいよね。
 突然街中に狸の置物が現れたら誰だって気づいちゃうよね」

「確かにそうだ。それでどうなったんだい?」

「案の定、見つかっちゃってその時は連れて行かれてたよ。
 なんでもそのあと親にこっぴどく叱られたとかなんとか」

「無理からぬ話だなあ。ところで服のほうはもういいのかい?」

「うん。気になる洋服はあらかた確認しちゃったかな。
 流石にいっぱい見ちゃってもそんなに覚えていられないしね」

「じゃあどうする?今日は寒いしもう帰るかい?」

「うーん……久々に一緒に街に来たんだしもう少し回っていこうよ」

「そうかい。それではお嬢様、よろしければお手をこちらに」


少しキザだったかな、と思いつつ腰を折りながら手を差し出してみると、
彼女のほうも照れながら僕の手を握ってくれた。
その手は暖かくて、今日は寒いはずなのに僕の心まで温かくなって、
そのあとはなんだか不思議に時が短く感じてしまった。








「――で、次の日にはこれですか」

「うう……ごめん」


次の日、僕は白面ちゃんの家に行っていた。
当の白面ちゃんは絶賛インフルエンザ発病中。


「昨日ので疲れちゃったのかね」

「そうかもしれない……」

「まったく、はしゃぐのもいいけど体調管理もしっかりしようね?」

「うん……わかってるよ……」

「それじゃあ僕、タオル取り替えてくるから」

「うん、ありがとう……」


昨日は一日中、上機嫌ではしゃぎっぱなしだったからまさかとは思ったけれど……。
幸い僕のほうにはなんともなかったから良いものの、
白面ちゃんを体調をしっかりと確認してなかったのも僕の悪い点ではあるのだろう。


「ファッションにも病気にも……流行りものには敏感ってことなのかねえ……」


そんなしょうもない愚痴をただ一人吐き捨てる僕なのだった。

真面目と阿呆




以前も言ったように妖狐は神使である。
神使とは読んで字のごとく、神の使いである。
妖狐以外にも様々な神使が存在しており、
二十の種族がいるという。

そしてその様々な種族の神使の代表が集まる時があり、
これを二十神使会議と言うようになったのは室町時代からだそうだ。
もっともその実態は会議とは名ばかりの慰労会なのではあるが。

この会議は一年に一度行われており、
集まる場所は持ち回りで担当することになっている。
そして今年は我ら妖狐族が招く番なのである。

そして今回の集いを完璧なものにするのが私、山城総太郎の役目なのである!


「よし、これもよし。あっちは……」

「三代目!これはあちらでよろしいでしょうか?」

「ああ、はい。お願いします」

「三代目……流石に慣れないな」


何故か私がこの稲荷の三代目になることが半ば事実として広まっている。
確かに二代目である叔父上に師事しているし、
私自身目指してもいるが、
私が三代目ということが決まっているわけではないのだが……。


「すまんねえ。君に任せっぱなしで」

「これは叔父上。いえ、これこそ弟子である私がやるべきことだと思いますので」

「ありがたいが……あまり無理はしないでおくれよ。
 私は君を預かっている身。何かあったら兄に申し訳が立たぬ。
 それに君にも大事な人がいるんだろう?」

「私が好きでやっていることですからご心配なされず。
 家族も納得してくれています」

「それならいいのだが……」

「はい。私にお任せを」


我らが妖狐の本拠地は京都である。
古来よりこの日本国の中心であり、
昔ながらの町並みも多く残す古都である。

その京都の地を代表する妖狐としては、中途半端な会などを開くわけにはいかないのだ!

だからこそ私はしかと準備をし、他の神使の方々を失礼の内容にお出迎えをする義務があると考える。


「三代目ー、そろそろ近場の神使の方々がいらっしゃるお時間ですよー」

「わかりましたー!こちらが終わり次第歓迎に向かいますー!」


二十神使は多種多様だ。
鼠や鯉、蜂や蟹などありとあらゆる方々をお招きするにあたり、食事などは特に気を付けなければならない。
牛の方に牛肉を出すなんてもってのほかであるし、
鶏の方に鳥肉を出すわけにはいかないのも当然である。

だからこそ各々の方にあったおもてなしを準備するのだ。
それが歓迎する側の礼というものだ。


「おや、ちょっと早かったかな」

「いえ、大丈夫ですよ。ようこそいらっしゃいました」


順々に神使の方々がやってくる。
流石に現代では獣の姿で集まるには目立ちすぎるので、人間に化けてやってくる。
皆、その種族の代表またはそれに準ずる方々ばかりであるので、粗相のないようにと気を張りっぱなしだ。


「やあやあ、お疲れ様」

「はい、ようこそいらっしゃいまし……はぁ!?」

「うむ、苦しゅうない」


思わず目を疑う。
うまいこと化けているようだがあれは……。


「お!ま!え!は!総次郎!」

「げ、こんなに早くばれるとは……流石は兄さんだなあ」

「流石は、じゃない!何をやっているんだ!」

「あははは……実は母上に様子を見に行けって言われちゃって……」

「母上に?」

「ああ、無理しすぎてないか見て来い、と」

「母上……」


何もかも御見通し、というわけだ。
やはりまだまだ母上には敵わないようだ。


「あーいたいた!」

「げ、白面ちゃん……」

「もう、何か騒いでるのが遠くからも聞こえたよ?また君が馬鹿なことやったんでしょ!」

「あはは、大したことは……」

「お兄さん本当にごめんなさい!止めようと思ったんだけどこの阿呆が……」

「いやいや、むしろいつもうちの愚弟の面倒を見てもらっちゃってこっちが謝らなきゃいけないぐらいで……」

「いえいえ……」

「いえいえ……」

「あのー、お二人さん……?」

「なんだ?この阿呆」

「なによ?この阿呆」

「なんで息ぴったりなの……。
 いやーその……ほら次のお客様が来られるなー、って……」

「おっと、そうだった。いかんいかん。
 白面くん、うちの阿呆を頼んだよ。それじゃ!」

「あ、はい!お兄さんもがんばってください!」


なんだかんだで弟も私を心配してくれたのだろうということは十分に伝わった。
少しは緊張もほぐれたように思う。

弟に心配されるようでは私もまだまだか……。


「皆さん、おまたせしました。
 本日は遠路遥々、京都まで足を運んでいただきありがとうございます。
 それでは二十神使会議、始めさせていただきます!」


まだまだこの会議に列席できるほどの力量が自分にあるとは思えない。
それでもいつかは……と頑張ることを無駄だとは思わない。



私もいつしか偉大な父上の跡を継ぐのだから!

素直な天邪鬼




想いというものは伝えようとしても伝わらないものだ。
それは人間も妖狐も変わらない。
言ってしまったことへの後悔、言わなかったことへの後悔。
色んな後悔を人も妖狐も長い間してきている。
だからこそ本当の自分の想いを一生懸命に伝えるべきものなんだと私は思う。


総次郎とは長い付き合いだ。
生まれた時も同じぐらいであり、修業時代からずっと一緒にいる。
幼馴染というやつだ。
幼い頃は本当に何をするにも総次郎と一緒だった。


「きちんと変化できるようになった?」

「ううん、まだだめだね。どうしても尻尾か耳が残っちゃう」

「そっかあ……変化って難しいなあ……」

「でも大丈夫だよ。白面ちゃんは尻尾が増えてきたじゃないか」

「総次郎もきっとそのうち増えるから大丈夫だよ!頑張ろう?」

「……うん、そうだね」


あの時の総次郎のちょっとだけ泣きそうで、
ちょっとだけ嬉しそうなそんな笑顔を私は忘れられない。
当時の私は何も知らなかった。
だからこそあんな無責任なことを言えたのだと思う。

総次郎にとって、尻尾を増やすということはどれだけ大変なことなのか、
今の私にもわからないままだ。
そんなこと彼と同じ境遇にでもならない限りわかるはずがないのだから。

尻尾の本数というのはとてもわかりやすい。
だからこそ成長したと実感しやすいものであるし、
まだまだ頑張ろうとも思うことができる。

しかし、総次郎にはそういった『わかりやすい目安』というものがない。
変化もなかなかできず、尻尾も簡単には増えないため、成長したという証がない。

自分の進歩が実感できないまま頑張り続けるというのは余程の苦行なのではないかと今では思う。
当時の私は幼かった。そういえば言い訳になってしまうが本当に幼かったのだ。
まだ何も知らない子供だったのだ。


「やあ、何してるんだい?」

「やあ白面ちゃん。今日は母上の代理さ」

「私も一緒に居ていいかな?」

「もちろんだよ!ああ、嬉しいなー白面ちゃんと一緒になんて」

「もう!君ったらよくそんなこっ恥ずかしいこと言えるね!」

「白面ちゃんほどじゃないさ」

「え?私なんか言ったことあったっけ?」

「あれ?覚えてないのかい?僕は一生忘れないけどなあ」

「え……?」

「あれはそう、僕らの修業時代だよ。お互い名前を教え合って、
 ちょっとしたぐらいに変化と尻尾の話をしてたんだ。
 お互い変化はうまくいかないし、僕に至っては尻尾も増えないね、って」

「……っ!」


少しドキりとした。
総次郎もあのことを覚えていたのだと。
私が無神経にも彼の心を土足で踏みつけたであろう出来事を。
今でも私の心に刺さり続けている棘のことを。


「あの時は嬉しかったなあ……」

「…………はい?」

「え?白面ちゃん覚えてないの!?そんなあ……がっかりだなあ」

「いや、覚えてるけど……私が君に無神経なことを言ったことは」

「無神経?君は何を言っているんだい?」

「ええ!?どれだけ私があの時のことを後悔していたか……!!」

「えー後悔してたの?僕は嬉しかったのになあ」


おかしい。
一向に話が噛み合わない。
私の記憶が間違っているのだろうか。


「あの時が初めてだったんだよ」

「初めて?」

「本当に覚えてないんだね……」

「え?」

「あの時初めて……



僕を名前で呼んでくれたんだよ」



え?は?ええ?
名前で?名前で呼んだって?
そんな馬鹿なことが……


『総次郎もきっとそのうち増えるから大丈夫だよ!頑張ろう?』


あ……


「あああああああああ!!!!!」

「やっと思い出してくれたのかい。つまり最初の告白は君からだったと言ってもいいね。白ちゃん」

「い、今私のことを白って!でも私も総次郎って……ああ、もうどうすればいいのー!!!」

「あっはっはっは」


当人同士であっても認識のズレというものは生じてしまう。
私はあの時の記憶を総次郎に無神経なことを言ってしまった辛い記憶だと思っていたわけだが、
総次郎のほうは名前を呼んでもらえた嬉しい記憶だと思っていたわけだ。

おっちょこちょいな私は総次郎の名前を度々呼んでしまうのではあるが、
それについて後悔をしたことなどは一度もない。
むしろおっちょこちょいであることに感謝しているといってもいい。
天邪鬼な私には素直に気持ちを伝えることなどそう簡単にはできないのだろうから。



ただ少し、他人の目があるところではおっちょこちょいは発動してほしくないなと考えている私なのである。

プロフィール

ゆき

Author:ゆき
ここはSSをまとめておいているだけの場所です。
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