Pollyanna

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食べちゃいたいほど大好きなのだから



「あら、お元気だったのかしら?」

「ああ、どうも……僕はそれなりにですよ。……陽子さん」

「そう、それは良かったわ。あなたを他の誰かに盗られたくありませんもの」

「僕はあなたの物ではないのですがね……」

「じゃあ私の物になってしまえばいいわ」

「ご冗談を。僕なぞつまらない者に目をかけるものではありませんよ」

「そんなことないわ。私はあなたのことが好きなのだもの」


運命のいたずらと言うべきか、はたまた星の巡り会わせとも言うべきか、
僕はこの女性と関わってしまったということに今更ながら何者かの意図を感じてしまうことがある。
もちろんそんなものは僕の勘違いなのではあろうが、
この出会いを多少なりとも呪わしく思ってしまうのも致し方のないことではないのかと言い訳をしたいのである。

あれは数年前のことだった。


――――――――――――――――――――


油断した。
まさか僕が轢き逃げされるとは……。
人間に化けてたし轢いていったやつも慌てて逃げてたな……。
ははっ、今頃人を殺したんだとびびってるのかな。

ああ、だめだ。変化も解けてしまった。
幸い足が折れてる程度だけど痛みで動けそうにもないな……。
どうしたもんだか。
このままここにいたのでは次来る車にまた轢かれてしまうかもしれないな。
そうなれば流石に助かることは……。

クソ、こんなんだったら白面ちゃんに告白しとくんだった……な。


「あらあら、可哀そうに。うちに連れて帰って手当してあげるわ」


突然聞こえる、謎の女性の声。
しかし、その声の元を確認する前に僕は意識を手放した。





気づくと僕はどこかの診療所らしきところにいた。
怪我をした足は既に手当されていた。
ここはどこだろうと辺りを見回していたら後ろから声をかけられた。
それは先ほど意識を失う直前に聞いたあの声だった。


「あら、気づいたのね」


彼女はそう呟くと普段使っているだろう自分のデスクに腰を掛けた。

ああ、たぶん彼女が助けてくれたのだろう。
感謝をしたいところだが、流石に喋ったら化け狐だと怖がられてしまうだろうし、
このまま親切に甘えるとしよう。


「あら?命の恩人に感謝の言葉もなしかしら?」


彼女は何を言っているんだ?
ただの狐がどうして人の言葉がわかると思っているのだろう。
しかし、確かにこのまま何も喋らず、というわけにもいくまいか……。


「コン」

「あらあらまあまあ、可愛らしい。なんて可愛らしいのでしょう。
 でもね、私が期待しているのはそんなことじゃないの」


これ以上僕にどうしろというのだ。


「人間の姿にもなれるのだからきっとお話できるはずでしょう?」


その瞬間、ぞくっと背筋が震えた。
こちらにむかってニコリと微笑む彼女にとても寒いものを感じたのだ。

覚悟を決めるしかなさそうだ。


「……どうしてそのことを?」

「あら、やっぱり話せるのね。どうしてってそりゃもちろんあなたが轢かれるところを見ていたからよ」


とんだ失態だ。
事故に遭うどころか変化が解ける瞬間まで見られていたとは。


「どうして僕を助けたのです?」

「私は獣医だからよ。ここは私の病院なの」

「でも見捨てることだって出来たはずでしょう?」

「そうね。でもこんなに面白そうなものをみすみす見逃す手はないわ」

「……そうですか」

「私、烏島陽子というの」

「はあ……」

「女性に先に名乗らせておいてあなたは名乗らないのかしら?」

「そちらが勝手に名乗ったのではありませんか……。山城総次郎です」

「やっぱり化け狐にも名前はあるのね」

「化け狐って……これでも僕はれっきとした妖狐で……」

「あらそうなの。あなたも『ようこ』。私も『ようこ』。面白い偶然ね。うふふ」


厄介だ。
本当に厄介な人に捕まってしまった。
本当ならば今すぐ逃げ出したいところだが、この足では無理だろう……。


「私ね。小さいころからずっと動物と話してみたいと思ってたの。
 でも大きくなるにつれ話すのは無理ってわかったから、
 せめて動物たちの気持ちがわかるようになりたいと思って獣医を目指したの」

「そうですか……」

「でもやっぱりわからないことだらけ。
 結局理想は理想でしかないと思っていたらあなたに出会えたのよ」

「…………」

「人語を解する動物が実際にいるとは思わなかったわ」

「……妖怪ですけどね」

「そうね。でも、いいわ。だってこんなに嬉しいんだもの!」


一瞬見せた子供のような眩しい笑顔に少しドキりとしてしまった。
それはずっと心の奥に押しこめていた『純真さ』とでもいえばいいのだろうか、
そういうものを彼女に垣間見ることができたからだろうと今では思う。

結局僕の足が治るまで色々なことを質問された。
とても、とても多くのことを彼女は尋ねてきたのだ。
……答えられないことのほうが多かったのではあるが。

この時、多少なりとも彼女に心を開いてしまったことを今でも僕は後悔している。


――――――――――――――――――――


それ以来、たまに彼女と街で出くわすたびにちょっかいをかけられるようになってしまった。
買い物に付き合えだの、しつこい男がいるからそれを振る手助けをしろだの、
いつもいつも『正体をばらされてもいいのかしら?』との脅し付きで付き合わされたのだ。





「あなたはいつまで経っても私の物になってくれないのね」

「僕には心に決めた人がいますから」

「あら、妬けちゃう。じゃあいっそのこと狐鍋にでもして私の血肉にしてあげるわ」

「それはご勘弁を。これでも一応神使の系譜なもんでして」

「あらそう、残念ね。これでも私はあなたのことを好いているのよ?」

「飽きませんね。その冗談」

「あら、冗談じゃないわよ?私はあなたのことが食べちゃいたいほど大好きなのだから」


ヒヤリと冷たい彼女の笑顔。
何度見ても見慣れない。
そのうち本当に僕が食べられてしまうんじゃないかと思ってしまう。


「あまり人を、いや『妖狐』をからかうもんじゃありませんよ。陽子さん」

「ふふ、そうね。……そうよね」




そう、僕らはあくまで違う世界を生きるもの。
だからこそ、この出会いを呪わしく思うのだろうと僕は思う。

この気持ちはきっと恋などではないのだから。

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流行ものには敏感なのです




我ら妖狐族の多くは京都の地を安住の地として定めている。
京都という街では古くからのものが多く残っており、
服装もそれに合わせてか着物であったり甚平であるような人も他に比べれば多くいると言えるだろう。
だからこそ未だに変化する姿は甚平姿だったり着物姿だったりする者も少なくない。

とは言え、平成の世となった現在、
妖狐が皆、着物姿になろうものなら街には着物の人物が異様に増えるというものだ。

つまり何が言いたいかというと、妖狐もファッションには多少敏感なのである。


僕ら妖狐は服を買わない。
ならば服はどうしているのか。
人間に化けるときに色々変えているのだ。

とはいえ見たこともないものに化けるというのはとても難しい。
それが甚平や着物など想像しやすい服に化ける狐が多い一因でもある。
じゃあ普通の姿をしている狐はどうしているのかと言うと……

ウィンドウショッピングをしているのである。


「あー寒い寒い……」


冬も真っ盛りというこの時期、僕は白面ちゃんに街に行くからついて来いと連れ出されてしまった。
何もこんな時期に新しい服を見繕いに行かなくても……とぶちぶち愚痴ってたら、

『たまには人の役に立つことをしなさい!』

と怒られてしまった。
白面ちゃんは人じゃなくて狐じゃないか……、
とも思ったのだがこれ以上余計なことを言うと後が怖いので黙っておくことにしたのだ。


「お待たせ」

「お待たせってなあ……この寒空の中で長いこと待たされたら風邪をひいてしまうってもんだよ」

「なによう。いいじゃないか三十分ぐらい!女の子は色々準備が必要なんだよ!」

「女の子って……そもそも僕らは――、いやなんでもない」


寒さに耐えながらも待っていた僕に何のねぎらいもなく出てきた彼女に文句の一つでも言ってやろうと、
マフラーに埋めていた顔を上げ、振り向いたときに僕は言葉を紡ぐのを忘れてしまった。

恐らく自惚れでもなんでもなく、彼女が僕と一緒に出掛けるために考えたのであろう服装が、
とても似合っていて、見惚れてしまったのだ。

普段は恥ずかしがってあまり履くことのないスカートまで履いている。
黒のタイツを履いてはいるが寒いだろうに……。

でも眼福なのでとりあえず目に焼き付けておいたというのは言うまでもないことであろう。


「? 変なの。まあいいよ。さーて、今日はとことん付き合ってもらうよ!」

「はいはい……どこへなりともお供しますよ。お嬢様」

「それじゃあまずは――」


順番に白面ちゃんがお気に入りの店を回っていく。
僕はあくまで付き添いだ。でしゃばることはしない。
彼女が楽しそうに語る様々なことに耳を傾けているだけで十分なのだ。


「――それで、その時……ねえ、ちゃんと私の話を聞いてるの?」

「ああ、もちろん聞いているとも。それですっころんだ狸がどうしたって?」

「えっと、そのあと恥ずかしかったのか周りをキョロキョロ見回した時に追っ手に気付いたらしくて、
 慌てて狸の置物に化けてたんだよ。あはは。おかしいよね。
 突然街中に狸の置物が現れたら誰だって気づいちゃうよね」

「確かにそうだ。それでどうなったんだい?」

「案の定、見つかっちゃってその時は連れて行かれてたよ。
 なんでもそのあと親にこっぴどく叱られたとかなんとか」

「無理からぬ話だなあ。ところで服のほうはもういいのかい?」

「うん。気になる洋服はあらかた確認しちゃったかな。
 流石にいっぱい見ちゃってもそんなに覚えていられないしね」

「じゃあどうする?今日は寒いしもう帰るかい?」

「うーん……久々に一緒に街に来たんだしもう少し回っていこうよ」

「そうかい。それではお嬢様、よろしければお手をこちらに」


少しキザだったかな、と思いつつ腰を折りながら手を差し出してみると、
彼女のほうも照れながら僕の手を握ってくれた。
その手は暖かくて、今日は寒いはずなのに僕の心まで温かくなって、
そのあとはなんだか不思議に時が短く感じてしまった。








「――で、次の日にはこれですか」

「うう……ごめん」


次の日、僕は白面ちゃんの家に行っていた。
当の白面ちゃんは絶賛インフルエンザ発病中。


「昨日ので疲れちゃったのかね」

「そうかもしれない……」

「まったく、はしゃぐのもいいけど体調管理もしっかりしようね?」

「うん……わかってるよ……」

「それじゃあ僕、タオル取り替えてくるから」

「うん、ありがとう……」


昨日は一日中、上機嫌ではしゃぎっぱなしだったからまさかとは思ったけれど……。
幸い僕のほうにはなんともなかったから良いものの、
白面ちゃんを体調をしっかりと確認してなかったのも僕の悪い点ではあるのだろう。


「ファッションにも病気にも……流行りものには敏感ってことなのかねえ……」


そんなしょうもない愚痴をただ一人吐き捨てる僕なのだった。

真面目と阿呆




以前も言ったように妖狐は神使である。
神使とは読んで字のごとく、神の使いである。
妖狐以外にも様々な神使が存在しており、
二十の種族がいるという。

そしてその様々な種族の神使の代表が集まる時があり、
これを二十神使会議と言うようになったのは室町時代からだそうだ。
もっともその実態は会議とは名ばかりの慰労会なのではあるが。

この会議は一年に一度行われており、
集まる場所は持ち回りで担当することになっている。
そして今年は我ら妖狐族が招く番なのである。

そして今回の集いを完璧なものにするのが私、山城総太郎の役目なのである!


「よし、これもよし。あっちは……」

「三代目!これはあちらでよろしいでしょうか?」

「ああ、はい。お願いします」

「三代目……流石に慣れないな」


何故か私がこの稲荷の三代目になることが半ば事実として広まっている。
確かに二代目である叔父上に師事しているし、
私自身目指してもいるが、
私が三代目ということが決まっているわけではないのだが……。


「すまんねえ。君に任せっぱなしで」

「これは叔父上。いえ、これこそ弟子である私がやるべきことだと思いますので」

「ありがたいが……あまり無理はしないでおくれよ。
 私は君を預かっている身。何かあったら兄に申し訳が立たぬ。
 それに君にも大事な人がいるんだろう?」

「私が好きでやっていることですからご心配なされず。
 家族も納得してくれています」

「それならいいのだが……」

「はい。私にお任せを」


我らが妖狐の本拠地は京都である。
古来よりこの日本国の中心であり、
昔ながらの町並みも多く残す古都である。

その京都の地を代表する妖狐としては、中途半端な会などを開くわけにはいかないのだ!

だからこそ私はしかと準備をし、他の神使の方々を失礼の内容にお出迎えをする義務があると考える。


「三代目ー、そろそろ近場の神使の方々がいらっしゃるお時間ですよー」

「わかりましたー!こちらが終わり次第歓迎に向かいますー!」


二十神使は多種多様だ。
鼠や鯉、蜂や蟹などありとあらゆる方々をお招きするにあたり、食事などは特に気を付けなければならない。
牛の方に牛肉を出すなんてもってのほかであるし、
鶏の方に鳥肉を出すわけにはいかないのも当然である。

だからこそ各々の方にあったおもてなしを準備するのだ。
それが歓迎する側の礼というものだ。


「おや、ちょっと早かったかな」

「いえ、大丈夫ですよ。ようこそいらっしゃいました」


順々に神使の方々がやってくる。
流石に現代では獣の姿で集まるには目立ちすぎるので、人間に化けてやってくる。
皆、その種族の代表またはそれに準ずる方々ばかりであるので、粗相のないようにと気を張りっぱなしだ。


「やあやあ、お疲れ様」

「はい、ようこそいらっしゃいまし……はぁ!?」

「うむ、苦しゅうない」


思わず目を疑う。
うまいこと化けているようだがあれは……。


「お!ま!え!は!総次郎!」

「げ、こんなに早くばれるとは……流石は兄さんだなあ」

「流石は、じゃない!何をやっているんだ!」

「あははは……実は母上に様子を見に行けって言われちゃって……」

「母上に?」

「ああ、無理しすぎてないか見て来い、と」

「母上……」


何もかも御見通し、というわけだ。
やはりまだまだ母上には敵わないようだ。


「あーいたいた!」

「げ、白面ちゃん……」

「もう、何か騒いでるのが遠くからも聞こえたよ?また君が馬鹿なことやったんでしょ!」

「あはは、大したことは……」

「お兄さん本当にごめんなさい!止めようと思ったんだけどこの阿呆が……」

「いやいや、むしろいつもうちの愚弟の面倒を見てもらっちゃってこっちが謝らなきゃいけないぐらいで……」

「いえいえ……」

「いえいえ……」

「あのー、お二人さん……?」

「なんだ?この阿呆」

「なによ?この阿呆」

「なんで息ぴったりなの……。
 いやーその……ほら次のお客様が来られるなー、って……」

「おっと、そうだった。いかんいかん。
 白面くん、うちの阿呆を頼んだよ。それじゃ!」

「あ、はい!お兄さんもがんばってください!」


なんだかんだで弟も私を心配してくれたのだろうということは十分に伝わった。
少しは緊張もほぐれたように思う。

弟に心配されるようでは私もまだまだか……。


「皆さん、おまたせしました。
 本日は遠路遥々、京都まで足を運んでいただきありがとうございます。
 それでは二十神使会議、始めさせていただきます!」


まだまだこの会議に列席できるほどの力量が自分にあるとは思えない。
それでもいつかは……と頑張ることを無駄だとは思わない。



私もいつしか偉大な父上の跡を継ぐのだから!

素直な天邪鬼




想いというものは伝えようとしても伝わらないものだ。
それは人間も妖狐も変わらない。
言ってしまったことへの後悔、言わなかったことへの後悔。
色んな後悔を人も妖狐も長い間してきている。
だからこそ本当の自分の想いを一生懸命に伝えるべきものなんだと私は思う。


総次郎とは長い付き合いだ。
生まれた時も同じぐらいであり、修業時代からずっと一緒にいる。
幼馴染というやつだ。
幼い頃は本当に何をするにも総次郎と一緒だった。


「きちんと変化できるようになった?」

「ううん、まだだめだね。どうしても尻尾か耳が残っちゃう」

「そっかあ……変化って難しいなあ……」

「でも大丈夫だよ。白面ちゃんは尻尾が増えてきたじゃないか」

「総次郎もきっとそのうち増えるから大丈夫だよ!頑張ろう?」

「……うん、そうだね」


あの時の総次郎のちょっとだけ泣きそうで、
ちょっとだけ嬉しそうなそんな笑顔を私は忘れられない。
当時の私は何も知らなかった。
だからこそあんな無責任なことを言えたのだと思う。

総次郎にとって、尻尾を増やすということはどれだけ大変なことなのか、
今の私にもわからないままだ。
そんなこと彼と同じ境遇にでもならない限りわかるはずがないのだから。

尻尾の本数というのはとてもわかりやすい。
だからこそ成長したと実感しやすいものであるし、
まだまだ頑張ろうとも思うことができる。

しかし、総次郎にはそういった『わかりやすい目安』というものがない。
変化もなかなかできず、尻尾も簡単には増えないため、成長したという証がない。

自分の進歩が実感できないまま頑張り続けるというのは余程の苦行なのではないかと今では思う。
当時の私は幼かった。そういえば言い訳になってしまうが本当に幼かったのだ。
まだ何も知らない子供だったのだ。


「やあ、何してるんだい?」

「やあ白面ちゃん。今日は母上の代理さ」

「私も一緒に居ていいかな?」

「もちろんだよ!ああ、嬉しいなー白面ちゃんと一緒になんて」

「もう!君ったらよくそんなこっ恥ずかしいこと言えるね!」

「白面ちゃんほどじゃないさ」

「え?私なんか言ったことあったっけ?」

「あれ?覚えてないのかい?僕は一生忘れないけどなあ」

「え……?」

「あれはそう、僕らの修業時代だよ。お互い名前を教え合って、
 ちょっとしたぐらいに変化と尻尾の話をしてたんだ。
 お互い変化はうまくいかないし、僕に至っては尻尾も増えないね、って」

「……っ!」


少しドキりとした。
総次郎もあのことを覚えていたのだと。
私が無神経にも彼の心を土足で踏みつけたであろう出来事を。
今でも私の心に刺さり続けている棘のことを。


「あの時は嬉しかったなあ……」

「…………はい?」

「え?白面ちゃん覚えてないの!?そんなあ……がっかりだなあ」

「いや、覚えてるけど……私が君に無神経なことを言ったことは」

「無神経?君は何を言っているんだい?」

「ええ!?どれだけ私があの時のことを後悔していたか……!!」

「えー後悔してたの?僕は嬉しかったのになあ」


おかしい。
一向に話が噛み合わない。
私の記憶が間違っているのだろうか。


「あの時が初めてだったんだよ」

「初めて?」

「本当に覚えてないんだね……」

「え?」

「あの時初めて……



僕を名前で呼んでくれたんだよ」



え?は?ええ?
名前で?名前で呼んだって?
そんな馬鹿なことが……


『総次郎もきっとそのうち増えるから大丈夫だよ!頑張ろう?』


あ……


「あああああああああ!!!!!」

「やっと思い出してくれたのかい。つまり最初の告白は君からだったと言ってもいいね。白ちゃん」

「い、今私のことを白って!でも私も総次郎って……ああ、もうどうすればいいのー!!!」

「あっはっはっは」


当人同士であっても認識のズレというものは生じてしまう。
私はあの時の記憶を総次郎に無神経なことを言ってしまった辛い記憶だと思っていたわけだが、
総次郎のほうは名前を呼んでもらえた嬉しい記憶だと思っていたわけだ。

おっちょこちょいな私は総次郎の名前を度々呼んでしまうのではあるが、
それについて後悔をしたことなどは一度もない。
むしろおっちょこちょいであることに感謝しているといってもいい。
天邪鬼な私には素直に気持ちを伝えることなどそう簡単にはできないのだろうから。



ただ少し、他人の目があるところではおっちょこちょいは発動してほしくないなと考えている私なのである。

大きな名前と小さな僕




人間の世界にも旧家名家というものがあるように、
我ら妖狐の世界にも似たようなものが存在する。
山城一族もそれにあたる。
そして人間と同じようにしがらみというものはやはり存在するのである。




山城一族。

妖狐族において知らないものの方が少ないであろう一族である。
今なお当主は我が父上、山城一太郎ではあるのだが、
その役目を果たしているのは僕の叔父上である山城二太郎である。

我が一族の役目というのはとあるやんごとない稲荷神社の稲荷神である。
元々我が父上がその役目を仰せつかり、今では弟にその役目を継いだ、と父上から聞いた。

500年ほど前に弟に役目を継いだのには理由があったようだ。
どうもその頃ちょうど僕の兄である総太郎が生まれたからと聞いた。

長きに渡って父上と母上には子宝が恵まれなかったらしく、
念願の第一子が兄だったそうだ。

つまりようやく出来た子供を溺愛したいがために弟にその役目を押し付けたのである。
叔父上も快く引き受けたようなので特にこれといった問題はなかったようだが。

しかし、稲荷神というものは案外大変な役目であり、役目を譲り渡した後も、
父上は何かと叔父上の手伝いをしていたようであり、
そんな父上の背中を見て、兄、総太郎は育ったらしい。

そのせいか、おかげか、兄もいずれは稲荷神にと思い育ったようで、
父上、叔父上の双方から稲荷神としての作法や、
稲荷神の役目を務めるために必要とされる神通力や妖力と呼ばれる力の使い方を学んでいる。

妖力というものが強まれば強まるほど、妖狐は多くのことができるようになる。
稲荷神として様々な人の願いを聞き届け、ほんの少しずつ叶えていくためには膨大な妖力を必要とする。
稲荷神社が大きくなればなるほどその妖力というのは必要になってくるのだ。

そもそも妖力というのはどのようなものかと言うと、神の力である。
我々妖狐というものはそもそもが神使なのである。

神様と言えども、すべての人間を常に見守るということは不可能である。
だからこそ妖狐や狛犬などの神使たちが神様に代わって人間たちを見守るのだ。

そして人間たちの願いを叶えるために神の力である妖力を使役するわけなのだが、
使役する神使自身が神の力に耐えられなければいけないのである。

つまり大きな稲荷神社の稲荷神になれるというだけでその力の証明であり、神使としての格なのである。

というわけでやんごとない稲荷神社の稲荷神になるために、
兄は神使としての修業を長年行っているわけなのだが、未だにその時は遠いようである。


「やあ兄さん」

「おお、元気にしていたか?」

「うん、元気だよ。兄さんの方こそ修行大変じゃない?」

「大変じゃないと言えば嘘になるが、満ち足りた毎日を送れているよ」

「そっか、満足しているみたいで何よりだよ」

「そうだ。最近ようやく尾が二本になったよ」

「本当かい?流石は兄さんだね。僕のほうはまだ一本さ」

「ははっ、流石にそう簡単に二本になられては兄としてはなんとも言えないからな。
 それにお前も一本とはいえ、随分大きくなっているみたいじゃないか」

「兄さんほどじゃないさ。今日は母上に頼まれて兄さんの様子を見に来ただけだから僕は帰るね。
 修行頑張ってね」

「ああ、わざわざありがとうな。京にもよろしく言っておいてくれ」

「うん、わかったよ。それじゃあまた」

「ああ、またな」


よく妖狐の格は尻尾に現れるというが、半分真実で半分嘘だ。
確かに尻尾に現れるのだが大事なのは本数だけではない。
尻尾が増えるメカニズムというものが存在するのだ。

そもそも妖狐というものは生まれ方が二通り存在する。
ただの狐が修行の末に妖狐になる方法。
こちらは妖狐のオリジナルというわけであり、真祖と言える。
もう一つは妖狐夫婦から生まれる妖狐である。
こちらは生まれた時から妖狐であり、親の本数を足して受け継ぐと言われている。
つまり親が一本同士であれば子は二本という訳だ。

もっとも、ある程度の年齢になり、妖力も高まった時に増えるので、
白面ちゃんや僕みたいなまだまだ半人前の妖狐では尾の本数が完全ではない。
現在の器に見合った量の妖力が本数として現れるのだ。

僕は父上も母上も真祖であるので、将来的には多くて二本なのだが、
白面ちゃんは父親のほうが真祖であるので、将来的には十本である。

ちなみに真祖の場合、どのようにして妖力を計るのかというと、
尾の大きさを見るのである。

尾が大きく立派であればあるほど格が高いと言われるのだ。
もっとも普段は不便であるし、隠している方が多いのではあるが。


「ただいまー」

「お帰りなさい!次兄さん、兄さんの様子どうだった?」

「ああ、元気にしていたぞ。お前にもよろしくと言われた」

「そっかー。兄さん元気にしてるんだ。良かった良かった」

「お前ももう少し頑張れば行けるようになるぞ。頑張ろうな」

「うん!私も早く変化がちゃんとできるように頑張る!」


まだまだ妖力を使うのが未熟なうちは人間変化をしても、尻尾や耳を隠し切れなかったりすることがある。
昔から、そのような幼い妖狐が見つかることはまれにあった。

今ではしっかりと変化が行えるようになるまでは人里へ降りることが禁止されるようになったのだ。
兄が修行しているのは稲荷神社であり、もちろん人が多くやってくる。
そのため妹はなかなか兄と会うことができない。


「僕も昔はそうだったなあ……」

「どうしたの?兄さん」

「いやなに、ちょっと昔を思い出してね」

「ふーん、そっかー……」


昔、僕がまだ小さい頃。
父上や叔父上の後継になりたいという兄の姿を見て僕は育った。
その頃の僕と言えば僕も兄のようになりたいとひたむきに頑張っていたように思う。

今ではどうだろうか?
山城一族の名に恥じないようになれているだろうか。


「山城一族……か」


このちっぽけな体に見合わぬほどの大きな名前を持った僕。


「僕は一族として何もできる気がしないな……」


そんなことを考えてしまうほどに僕はまだまだ半人前なのだ。


うっかり狐は計算高し




妖狐と呼ばれる我らはそれなりに多く存在している。
そして化け狸もだ。
人間社会にもそれなりに馴染んでいるものも多く、
きちんと探せば実は割と身近にいたりもするものなのだ。
そして人間社会に馴染むためにも必要なものというものはやはり存在しているのだ。



「おーい、総次郎くん」

「やあやあ、浩二さんお久しぶりですなあ」

「そうだね。俺は昨日まで出張だったからね」

「そいつは大変でしたね。どちらのほうに行ってらしたんで?」

「ちょいと東北のほうまでね。そんな話はおいといてこれからどうだい?一杯付き合わないかい?奢るよ?」

「こんな日の高いうちからとても魅力的なお誘いではあると思うのだが……ちょっと別口で用事がありましてね」

「ありゃりゃ、それは残念。もしかして白ちゃんかい?」

「あっはっは、そうなんですよ。
 彼女はもしかして僕を便利屋か小間使いか何かだと勘違いしてるんじゃないかと思えてくるよ」

「いいねえ。それもひとえに愛だねえ……」

「まーた他人事だからとからかってくれちゃって……というわけですみませんね。また次の機会にでも」

「あいよ。楽しみに待ってるよ」



彼は人間さん。浩二さんである。
何かと前から縁があり、仲良くしてくれている。
なんでも同じ次男坊だから波長が合うのだとかなんとか……まあどこまでが本心かはわからないが。

今更になるのではあるが、僕の名前は総次郎である。
兄が総太郎。妹が京だ。
もっとも、妖怪世界でそう呼ばれることは少ないのではあるが、
人間さんたちに呼ばれることはしょっちゅうである。

元々、僕ら妖狐の世界では名前を持っている者というのは少ない部類だった。
本来妖狐の世界での名前というものは『格』なのだ。
我らが偉大な父上、山城一太郎は妖狐界では名の知れた大人物なのである。
よって僕ら兄妹もそれなりの『格』を持っているとされ生まれた時から名づけられていた。

ある程度の『格』があるものが名前を付けられるようになっている。
まあそれも古い風習であり、多くの妖狐たちは名前を持っているのだが。
持っていないものと言えば、一部の古株の妖狐たちが辞退しているだけなのだ。

もっとも古株なだけあり、十分なだけの名声は得ているのではあるが……。

我が母上も名前を持っていないらしい。
小さい頃にその理由を尋ねたら、


「だって『一太郎の奥さん』と呼ばれるのが嬉しいんですもの」


と思いっきりのろけられてしまった。

それでは人間社会に紛れるときに不便であろうと思っていたら、
何故かそこでも『一太郎の奥さん』で母上の名は通っていた。
一体母上は何者なのであろうか。疑問は尽きぬばかりである。


近年、世情の変化から妖狐も狸も人間の世界に紛れることが多くなった。
その際にやはり名前というものは便利である。
というより名前がなくてはやっていけないのだ。

そして名前には力が宿る。
つけられた名前を呼ばれることにより、人間変化をより強固にすることもできるのだ。
人と積極的に関わりだした我ら新世代の狐によって名前というのは人間が思っている以上に大事なのである。

よって僕らは自分の名を大事にする。
そして他人の名前も大事なものだと考えるのだ。


「あ、やっときた。もう、遅いよ」

「遅くなってごめんね。白ちゃん」

「は、白ちゃんって……!」

「あ」


しまったと思った時にはすでに遅かった。
周りの妖狐族が一様ににやにやとこちらを見ている。
「早く結婚しちまえよー」とはやし立てる者もいる始末。
目の前の白面ちゃんに至っては顔を真っ赤にしてうつむいている。


「君はその呼び方しないでって言ったでしょー!馬鹿総次郎ー!!」

「ごめん!ごめんってば!っていうか君こそ僕の名前を呼んでるじゃないか!」

「私はいいの!」

「何その横暴!?」


我ら妖狐同士で名前を呼び合うというのはとても重要なことであったりする。
それは親愛の情であり、自分から相手への大事だという気持ちを表す行為にあたるのだ。
告白をしているようなものだとも言える。
つまり呼ぶ方も呼ばれる方も恥ずかしいのだ。特に他人の目があるところとなると。
よって僕らは本名ではなく二人称・三人称、あだ名などで呼び合うことのほうが多い。

僕は未だに白面ちゃんを名前で呼ぶことを許してもらっていない。
いつか許してもらえるのだろうか?

白い顔を真っ赤に染めた白面ちゃんを見て、


『そういえば……もしかすると母上が名前がないと言っているのは嘘なのかもしれないなあ』


などと考えつつ、白面ちゃんの機嫌を直すのに労力を費やす僕なのであった。

亀が語りき思い出話は国宝級?




歴史というものはあくまで勝者が作り上げるものであり、
それに後世の人間が後から理由づけしていくものである。

何が言いたいかというと、真実というものはその実あまり伝えられないものなのである。



僕には二人の先生がいる。
もっとも、当たり前ではあるのだが人間ではないので、
『二人』と言っていいのかどうかは定かではないのだが。

一人は妖狐の必須技能である『化け術』の先生、玉藻前先生だ。
僕も白面ちゃんも妖狐としてひよっ子の頃に基礎技能を玉藻前先生から習った。

本来はその一族独特の変化や、術というものが存在するので、
父親や母親から習うのが風習ではあるのだが、我が家の父上が、

『あまり一族一族とこだわっていては多くのことができなくなる。
 よってお前はあのじゃじゃ馬のところで基礎を学んでくるのが良かろう』

とのたまったのをきっかけに、僕は玉藻前先生から学んでいるのだ。
未だに一族の変化を教えてもらえてないのには納得がいっていない。

話を元に戻そう。
一人目の先生は玉藻前先生。つまり白面ちゃんのお母上である。
では二人目の先生はというと……、


「そうじゃのう、今回は歴史について教えようかのう」

「先生、一つお聞きしたいことがあります」

「なんじゃ?」

「かの浦島太郎を竜宮城へ連れて行ったというのが先生を伺ったのですが本当でしょうか」

「いんや、それはワシではなくワシの孫じゃな」

「ええ!?お孫さんってこの間お会いした?」

「そうじゃ、あれはあやつが300歳ぐらいの時でのう……まだまだやんちゃじゃった」

「そうだったんですかー……。ちなみにそれは今から何年ぐらい前のお話で?」

「確か……1400年ほど前の話じゃな。
 よしちょうど良かろう、その時代の話でもするかの。
 あれは今では人間たちに古墳時代と呼ばれておる頃じゃ……」


とまあこのような調子で正しくその目で「見てきた」ことを二人目の先生から学んでいた。
何せ先生は齢4000を超える仙亀なのだから。

僕も白面ちゃんも亀先生に色々なことを教わった。
それこそまず人間の言葉であり、歴史であり、生活であった。
変化した際になんら不自由のないようにという亀先生の心遣いだった。

亀先生には生徒がとても多い。
僕の父上もそうだったと聞くし、玉藻前先生もそうだったと聞く。
何せ4000歳なのだ。
何らかの方法で調べるより亀先生に尋ねるのが早いことのほうが多い。

亀の甲より年の功という言葉があるが、
両方を兼ね備えた亀先生は完璧な存在なのではなかろうかなどと、
僕らの間での共通認識になっている。


「……とまあ、平安時代にあったことと言えばこのぐらいじゃな。
 何か質問はあるか?」

「はい、先生」

「なんじゃ?白面」

「あの、うちの母上のことなんですが、その頃殺生石にされたと聞いたのですが……」

「なんじゃ、あやつから聞いておらんのか」

「はい、話したがらないんです……」

「思い出したくないじゃろうからそれも仕方なかろうか……そうじゃな話してやろう」

「ありがとうございます!」

「あー、二人とも人間の間で語り継がれておるあやつの伝説については知っておるな?」

「はい、なんでも母上が悪さをして人間にお仕置きされたとかなんとか……」

「でもあの玉藻前先生がそんなことするかねえ。
 こういっちゃ白面ちゃんに悪い気もするけどちょっとおっちょこちょいなところあるし……」

「我が母ながらそれは認めざるを得ないね……」

「そうじゃろう、そうじゃろう。大半が嘘じゃからな」

「嘘!?」「そんな!」

「そうとも、そもそもが濡れ衣だったのじゃよ。
 鳥羽上皇をあまり好ましく思って無い者も多くてな、毒殺しようと考えるものも多かったのじゃ。
 当時はあやつは藻女と呼ばれておってな。人間の姿に化けて宮に仕えておった。
 あやつもお主と同じように人間のことが好きでなあ……」

「あの先生にもそんな頃が……」

「そしてあやつもおっちょこちょいなりにも一生懸命宮仕えをしておったのじゃ。
 そしてあくる日、鳥羽上皇の目に留まることがあったのじゃ。
 そしてあやつは大層気に入られてのう……」

「それで母上は契りを結んだと?」

「いや、結んでおらんよ」

「え?」

「人間の間で語り継がれている話の一つでは契りを結んだということになっておるが、
 そのような事実は一切存在せんよ。
 あやつはあくまで自分は妖狐という存在だ、ということを理解して負ったからな」

「あ……」

「確かに、冷静に考えれば……」

「じゃろう?そのこともおそらく鳥羽上皇の怒りに触れておったのじゃろうな。
 毒殺未遂の疑いが真っ先にかけられたのがあやつじゃった……。
 そこからはお主らも知っての通りよ。
 晴明によって正体を暴かれ、その他もろもろの濡れ衣まで着せられ、そして……」

「封印されてしまった、と……」

「そうじゃ。後に話がどんどん膨れ上がっていってな。
 殺されただの、毒を放っただのと……」

「とんだとばっちりじゃありせんか!」

「じゃからお主らも気を付けるのじゃぞ。
 人間と仲良くするな、とは言わん。
 じゃが、くれぐれも気をつけろ。
 ワシはただの亀じゃ助けてやろうにもできやせん」

「わかりました」

「心得ておきます」

「うむ。それでは今日のところはこのへんにしておこうかのう」

「ありがとうございました」「またお願いします」

「うむ、それではな」



この時、去っていく亀先生の姿がとても寂しそうに見えた。
亀先生は永く生きてきたが、あくまで亀だ。
きっと多くの者を助けられず歯がゆい思いをしてきたのだろう、と僕は勝手に考える。


伝説・神話というものは劇的であるほど人々の間で語り継がれるという。
千年経とうが色褪せぬ白面ちゃんのお母上の伝説は、
それほど長く人々の心をとらえて離さなかったのかもしれない。

それでも……


「それでも大好きな人間の多くから疎まれてしまうような伝説が残ってしまったのは
 どんな気持ちだったんだろうなあ……」


他人事ながらそんなことを考えてしまっていた。


古来から歴史というものは勝者が作るものである。

そこには敗者の理屈・感情などは書かれておらず、
ひたすら勝者の栄光が並べ立てられる。

後世の者が勝手に推察し、予想を立てたところで、
そんなものは真実とは限らない。

結局真実というものは当時を生きてきたものにしかわからないものなのである。

五十年のお付き合い




僕らは義理人情というものが大好きだ。
もっとも僕らは狐であるからして、人情というべきなのかどうかは定かではない。
狐情というとどこかおかしな響きであるので、やはり人情で良いのだろう。
人間が狐と親しく過ごすというものはおかしいものであるが、
一期一会の出会いを大事にする狐というのもやはりおかしなものである。



今日も今日とていつものように、僕は大好きな白面ちゃんと会っていた。


「白面ちゃん、何をしているんだい?」

「これかい?これはね、あのおばあちゃんのためにマフラーを編んでいるんだ」

「おお、それはいいねえ。そういえば今日はあのおばあちゃんが来る日だったね」

「そうなんだ。でも本当は今日にでもマフラーを渡してあげたかったんだけど……この通りさ」

「まあ仕方ないよ。次の機会にでも渡せるといいね」

「うん。そうだねえ」


あのおばあちゃんというのは定期的に僕らが根城にしている神社にお参りに来てくれるおばあちゃんだ。
言うなればお得意様のようなものだろうか。

僕らはおばあちゃんと呼んだが、実の所彼女が小さいころから僕らは彼女のことをよく知っている。
彼女が何故お参りに来てくれるのかというと僕の父上が関係している。

その時の様子を詳しくは知らないのではあるが、
なんでも父上は彼女を助けたはいいが、狐であることがばれてしまったらしい。
そんでもってばれた後に根城としているこの神社に逃げ帰ってしまったものだから、
それ以来彼女は定期的にお参りに来てくれているのだ。


「それにしても君のお父上が逃げ帰ってからもう50年にもなるのかい?」

「そうだねえ。義理堅いねえ。有難いねえ」

「本当にそうだねえ……」


僕らにとっても50年はやはり長い。
なんせ大妖狐である白面ちゃんのお母さん、僕らの先生ですら1000歳ほどである。
200歳ほどの僕らなんてまだまだ坊ちゃんであると言えるのだが、あの人も50年は長いと言っていた。

なんでも、
『宮廷の者が食事に毒を盛っていただけというのに、勝手にわらわのせいにして石に閉じ込め、
 それも50年もの間ふきっさらしの状態でほっとかれて……もうあんな長い50年は過ごしとうない!
 もし、御堂に移してもらえなんだら200年以上もあの状態で……』

とのこと。
その後に、殺生石のせいだという毒素は本当は金山から毒素が川に流出していただの、
玄翁和尚が真実に気づいてくれて助けてくれただのという物語があるのだが、それはまた別のお話だ。

少し話が脱線してしまったが、この通り我ら妖狐にとっても50年というものは長いものである。
そんな長い間我らのために、正確には逃げ帰った父上のためにこんな遠くの神社に参拝してくれているのだから、
このおばあちゃんは本当にいい人である。
このおばあちゃんのせいで僕が人間を好きになったといっても過言ではない。


「お、噂をすればなんとやらだ。挨拶に行こうよ白面ちゃん」

「お、おい。編んでいる途中だというのに……まったく仕方ないな。片づけるからちょっとだけ待って」

「うんうん。白面ちゃんは優しいしかわいいなー。僕ここで待ってるよ」

「か、かわっ!?……むー、からかうなら行かないぞ!」

「そんなことしたらおばあちゃんが悲しんじゃうよ」

「君はまったく……本当にずるいやつだな」

「未だに返事をしない君ほどじゃないさ。ほら早く行ってきなよ」

「また君はそれを言う……。本当にずるいぞ……」


ぶつくさいいながらもようやく彼女は片づけに行った。
本当は私だって好きなんだけど面と向かうと……
という感じの内容を小声でぶつぶつ言っていたのが聞こえたが、
紳士な僕は聞かないことにしておいた。

というよりかは『僕が恥ずかしい中、正面から告白したというのに彼女はそんな風に澄んでしまうのがずるい』
といった、至極しょうもない僕の意地からであることは言うまでもあるまい。

彼女は片づけてきたついでに少し身支度してきたようだ。
普段二人の時じゃ見られない格好が見られて僕も嬉しい。
ここらへんはおばあちゃんのおかげだろう。ありがとうおばあちゃん。


「こんにちは、おばあちゃん。いつもありがとう」

「こんにちは、お元気にしていましたか?おばあちゃん」

「あらあら、子ぎつねちゃんたち。そちらもお元気?」

「うん、元気だよ。僕の父上も元気さ」

「そう、それは良かったわ。これいつもの油揚げ。みんなで食べておくれ」

「いつもいつもありがとうございます。本来は関係のない私の分まで……」

「いいのよいいのよ。私はあの方に助けられてからあなたたちのことが大好きなんだから」

「僕らもおばあちゃんのおかげで人間のことが大好きさ」

「あらあら、それはとても嬉しいことね」


いつも通り変な会話である。
僕らがおばあちゃんに狐とばれているのは父上のせいである。
父上が迂闊にも狐の姿で帰ってきた際におばあちゃんに追いかけられていたとも知らずに、
僕らに話しかけてきたせいだ。
その際に僕らは驚いてしまい、化けていた人間の姿から狐の姿に戻ってしまった。

しかし、おばあちゃんも変わった人で、大層驚いた後、これまた大層喜んでいた。

『こんなにもお仲間さんがいたんだねー!』と。

それから僕らはおばあちゃんと仲良くするようになったのだ。
もっとも当時は『おばあちゃん』ではなく『お嬢ちゃん』と呼んでいた。
そして時を経るごとに『お嬢ちゃん』から『お姉さん』へ、
そして『お姉さん』から『おばさん』へ、
そして最後に『おばあちゃん』というわけだ。

呼び名が変わる最初こそ戸惑ったものの、
我ら妖狐と違い年老いていく彼女をとても『お嬢ちゃん』と呼び続けることはできなかった。


「あら、もうこんな時間。今日もいっぱいお話できて良かったわ。私は帰らせてもらうわね」

「そうだね。途中まで僕らが送るよ」

「そうね。最近日が沈むのがめっきり早くなってしまったものね。私たちが近所まで送りますよ」

「あらまあ、それは有難いことね。じゃあお願いしようかしら」

「うん、任せといてよ。腐っても妖狐!安全は保障するよ」

「一番危なっかしいのは君だけどね」

「あらあら、まあまあ」


これもいつも通りである。
ただ単に別れが名残惜しいだけなのではあるが、いい口実になるのだからよいのだ。

僕らの生は長い。
なんせ妖怪である。
よほどのヘマをせぬ限り、思うままに生きることもできるし、
思うままに極楽浄土へもいけるというものだ。

もっとも極楽浄土へ行くにはそれなりの条件、というものもあるのだが。

つまり何が言いたいかというと、おばあちゃんは間違いなく僕らより先に亡くなってしまう。
しかし妖狐というのはそういうものなのだ。
そして人間というのはそういうものなのだ。
限りある人生だからこそ目いっぱい生きている人間の『生』というものが僕はたまらなく大好きだ。

200年ほどしか生きていない僕でもそれなりの人を見送ってきた。
そしてこれからも見送るのだろう。
それでよいのだ。

いつかまた、僕が極楽浄土へ行けた時にでも見送ってきた人たちにたくさんの土産話を持っていくために、
長く永く生きてみようと僕は思う。

そんな僕の隣に白面ちゃんが居てくれたら良いのにな、というのは僕のささやかな願いである。

阿呆同士の騒ぎ合い



皆にはライバルというものがあるだろうか。
仕事上のライバル。
趣味上のライバル。
恋愛上のライバル。

なんでもいい。
ライバルというものがあるだろうか。

いや、別にいなくてもいい。

ただ、僕には、いや、我々にはライバルがいる。
それはもちろん彼ら、『狸』である。
どのようなライバルかと言えばやはり化かし合いのライバルである。

とはいえ、僕個人に限って言えば彼らとの仲は悪くない。
むしろ気のいい隣人ぐらいに思っている。

彼らは阿呆である。良い意味で。

彼らは騒ぐのが大好きだ。何かにつけては騒いでいる。
その騒ぎっぷりに乗じるのが我ら『狐』である。

耳を澄ませば今日もどこからか彼らのどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。
まったく飽きない連中である。


「やあやあしがない狐さん」

「やあやあこれは真っ黒狸さんではありませんか」

「お元気そうで何よりだ」

「いえいえ、そちらこそ。今日はどういったご用件で?」

「いやなに、顔が見えたから声をかけてみたまででさあ」

「それはそれはどうも御親切に」

「で、この流れいつまで続けるんで?」

「ここらへんでいいと僕は思うねえ」

「確かにそうだ。ガッハッハ!」

「それにしても立派なもんだねえ……」

「ん?何がだい?」

「そのお腹さ」

「ああ、これかい?そりゃそうさ、この腹こそが我らを我らたらしめるものだからな」

「確かにそうだ。痩せ細っちまったら誰かわからなくなってしまう」

「その通りさ。我ら狸の象徴であるこの腹は大事にしていかねばな」

「うんうん。それに鍋にしたらおいしそうだ」

「馬鹿言っちゃいけねえよ。確かに我らは鍋にしたらうまいだろう。
 しかしそう簡単に鍋にされてはたまったもんじゃないね」

「しかし、狸の最期とはそういうものではないのかね」

「そりゃそうさ。でもな、鍋にされるってんならやっぱりその前に未練ってものを残したくないねえ」

「確かにそうだ。なればこそ今日も今日とて騒ぎましょうや狸さんや」

「その通りだ狐さんよ。それじゃあ今から一つお付き合いしてはくれんかね?」

「いいですなあ。じゃあ僕は白面ちゃんを読んで来るんで少し待っていてもらえるかね?」

「お、いいねえ。祭りには華ってもんも欠かせない。それじゃあ頼みましたぜ。吾輩はここで待ってますんで」

「はいよー。じゃあちょっくら呼んできまさあ」



とまあ今日も今日とてこんな調子である。

僕は彼らを阿呆と呼んだが僕も立派な阿呆である。
同じ阿呆なら騒がにゃ損ってね。

『狸』は我ら『狐』のライバルであり、隣人であり、化け仲間である。



そして、我ら『狐』は彼ら『狸』の騒ぎ仲間なのである。

素直じゃない君



僕はしがない一匹の狐である。
尻尾も一本であるし、毛も真っ白という訳ではない。
ただのしがない一匹の狐である。

その気になれば、尾の一本や二本なぞ簡単に増やせるし、
白面にだってなれるのではあるが、
わざわざそんなことをして無暗に騒ぎを起こそうとは思わない。

それに増やしたところで所詮は偽物である。
本物の大妖狐の真似をしたところでむなしいだけだ。

おっと噂をすればなんとやら、
かの大妖狐さんのご息女が歩いているではないか。


「やあやあ白面さん。どうやらお元気そうですな」

「なんだよその物言いは。いつも通りに声をかけてきなよ」

「いやなに、ちょっとばかし君のお母さんのことを考えていてね」

「あーあー聞きたくなーい。
 さんざん周りからお前も母親のように立派になれだのと言われ続けているんだから、
 君と一緒の時ぐらいはお母さんの話はよしてほしいな」

「そりゃあ悪いことをしたね。ところで何をしていたんだい?」

「こんなにいい天気だろう?せっかくだし油揚げでも買いに行こうかとね」

「油揚げなら君の家の近所にも売っているじゃないか。それなのにずいぶん遠くまできたね?」

「それが聞いておくれよ。この間とってもおいしい油揚げ売っている店を見つけちゃってね。
 そこの油揚げを食べてからそりゃもう病み付きになってしまったんだよ」

「そうかいそうかい……確かに僕も油揚げは嫌いじゃないが、どうしてそうも君は狐らしいのかね」

「そんな君はどうも最近人間かぶれが酷くなっているね。もう少し狐らしくしたらどうだい」

「まったく……また君はそんなことを言う。
 そうだな……僕と君の子供でもできればちょうどいい狐でもできそうだね」

「ここここ子供だなんて!なんてことを言うんだ!それじゃあまるで……」

「まるで?」

「なんでもない!」



そう彼女は大声を上げると白い顔を真っ赤にし、5本の尻尾を揺らしながら去っていってしまった。
まったく彼女をからかうのは楽しいものだ。

言っておくが僕は鈍感というわけではない。
もちろん彼女の気持ちに気づいているし、僕も彼女のことが好きである。

しかし、二年前の冬……



『気づいていると思うが、僕は君のことが好きだ。君は僕のことをどう思っている?』

『すすすすす好きって!?わわわ私は……』

『私は?』

『今度返事をするから!絶対するから!だから今日は勘弁してぇ~!』



そう言って彼女はその日帰ったっきりまだ返事をしてくれていない。
だからこそこの程度のからかいぐらいは許してもらわなければ納得もいかないものだ。

かといってからかったままにしておくと後が怖いので、また今度何かしらのフォローをしておかなければならない。


しかし彼女は気づいているのだろうか。
あの態度では僕の告白に返事をしたようなものだということに。


山に沈む夕日を見ながら僕は今日もそんなことを考えていた。

プロローグ



昔から人間は狐狸に化かされたと口にする。
しかし、我々にはまったくもって身に覚えがない。
なんでもかんでも我々のせいにされたらたまったものではない。

しかし近年、どうも人間も学んだらしく、
様々な物事に理由をつけてはどういうものだか解明しているようだ。

おかげで我々のせいになることは減ったが、今度は相手にすらしなくなった。

都合の悪いことはこっちに押し付けてくるくせに、興味がなくなればすぐに忘れてしまう。
人間とはなんとも身勝手な存在だろうか。


しかし私はそんな人間がどうしようもなく好きなのである。


今日も今日とて私は人間の世界に紛れ暮らしているのだ。

プロフィール

ゆき

Author:ゆき
ここはSSをまとめておいているだけの場所です。
私の個人的なブログはリンクにはってあります。

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